2009年5月15日金曜日

「麦の穂をゆらす風」を観る

名手ケン・ローチの、カンヌでパルム・ドールを獲った名作「麦の穂をゆらす風」を観る。


まぁ、名作ですよね。
大英帝国の支配下にあったアイルランド、という題材は、アメリカ映画でも何度も語られていて、なんだか知らない間にずいぶん詳しくなったりしてて。
ま、そういう、「歴史を未来に伝えていく」みたいなことも、映画の力なんだなぁ、と。
ちょっとしみじみしちゃったりして。

ただ、ケン・ローチは“モノホン”ですからね。
エネルギーが違いますから。
画やストーリーは、アイルランドの“雄大な自然”とか、そういうのもあって、淡々と、とか、静かに、とか、そういう形容詞で語られたりするんでしょうけど、まぁ、たぎってるエネルギーが違いますよ。
ケン・ローチの魂がパンパンに込められた作品だと思います。ホントに。


ストーリーの骨格は、医師の道を捨てて「義勇軍」(当然、支配者のイギリス側にとってはテロリスト、ですね)に参加する主人公の目線で語られるんですが、その置き所が絶妙、というか。
最初は、「一緒には闘わない」と語らせておいて、駅のホームでの出来事が、彼の気持ちを変えるんですね。
で、わずかワンカットで、義勇軍に加わる、ということになって。

この時の、イギリス軍の兵士に殴打される運転手が、あとに“同志”として再登場するんですね。

この「元運転手」が、効いてるんです。
主人公の兄は、義勇軍の指導的な立場にいて、過去から現在まで、ずっと主人公に対して影響を与えてきた人物として描かれるんですが、やがて兄弟は対立する、というのがストーリーなワケです。

で、その元運転手は、主人公に対して「もう一人の兄」として現れるワケですね。


ストーリーの中で、少し唐突に、栄養失調で、というシークエンスが挿入されるんです。
ここは、物凄いさりげないシーンなんですけど、まさにここが作品のキモでもあって。

つまり、戦いの、というか、主人公が闘いに加わる動機というのは、「貧困」なワケですね。
これは、後から加わってくる動機でもあるんです。
主人公の動機ということとは別に、観る側(観客)に対して、アイルランド側の戦争の動機のひとつに「貧困」というモノがあるんだ、と。
この語り口の巧さには、よくよく考えれば考えるほど、凄みを感じる、というか。

つまりそこが、ストーリーの後半で語られる、「独立戦争」から「同胞同士の内戦」へシフトしていくキーなワケです。
「独立すればいい」のか、「貧困が解消されなければならない」のか。ここに対立がある。
そしてそこにこそ、この作品が語る悲劇性があって。

最初から語らない、と。
ここがねぇ。
かといって、前半部分に高揚感を持たせるとか、そういう演出でもなくって。
雇い主の圧力で、半ば仕方なく密告した幼馴染を“粛清”したり、とか。十分“苦い”ワケです。前半部分で描かれているモノも。

しかし、後半では、もっと苦い!


で、例えば、この前半部分でもひとつの映画になるワケですね。同じように後半部分でも、ひとつのストーリーとしてあり得る。
しかし、その両方は、この作品では同時に描かれなくてはならない。
限られた時間。
その為の、ストーリーを運んでいく手捌きの、スピード感、というか。決してセカセカした演出やカット割りではないんだけど、しかし、話の運び自体は結構なスピード感で。
かといって、語り切れてないシークエンスがあるかっていうと、そういう不十分感は全然なうくって。
要するに、無駄が無い、ということだ思うんですけど。

そういう巧さは、改めて感じました。

例えば、イギリス軍の士官が下士官に命令を下し、下士官が兵卒に「手を下す」よう命令し、そして次のカットでは、その兵卒が主人公たちの側に寝返って、と。
これをほんの数カットでサラッと見せられると、なんていうか、逆に強い説得力を感じたりして。


それから、同じ家が何度も“蹂躙”されるんですね。
ここは、ホントに唸りましたね。冒頭と、中盤、そして三度目は、「同胞たち」によって。
ここの「何度も匿ってやったのに」という老母の吐くセリフは、マジで強烈です。



「麦の穂をゆらす風」ですか…。
「麦」っていうのは、地に足を付けて生きている、アイルランドの生活者たちのことですよね。
で、「風」っていうのは、大英帝国のことではなく、「戦乱」そのもののこと。

「戦乱」が、地道に生きようとしている彼らを揺らしてしまう、と。
そこに悲劇がある、という。そういうタイトルだと思います。俺は。



うん。
まぁ、観る人によって色々受け取るモノが違ってくる作品でもあるかもしれませんね。
だからこそ名作なのかもしれないし。
人によって解釈が色々あるのは、ある意味では当然っちゃ当然なんで。

そういう意味でも、ぜひぜひ、たくさんの人に観て欲しい作品です。



ちなみに、実は俺は、ケン・ローチの作品はあんまり観た事がないんですが、観た作品の中に、「大地と自由」という、これまた物凄い傑作がありまして。
スペイン内戦を題材にした作品なんですが、これも個人的には大好きで、お薦めの作品です。

この「麦の穂をゆらす風」の、後半部分でもひとつの映画としてあり得る、というのは、この作品のことでもあります。興味がある方は、「大地と自由」もぜひどうぞ。


0 件のコメント:

コメントを投稿