2007年11月29日木曜日

このままじゃヤバイなぁ~

昨日、おとついと、新宿で、今度の撮影に使う小道具やらなんやらを購入。モデルガンとかね。

一応、準備をしてるんだけど・・・。


なんかねぇ、テンションが上がってこないんだよなぁ~。

最近体調がイマイチだからかなぁ~。寒いのとか、ちょっと風邪気味とか、そういうのも関係あんのかなぁ~。

なんか、アドレナリンが出てこないっていうか。

脳ミソがピリッとしないんだよなぁ。シャキッとしないっつーか。

このままじゃ、ヤバイっス。


週末に向けて、気合入れていかないとマズイぞっ!

やるぞぉぉぉぉ!
と、自分を叱咤激励。

2007年11月28日水曜日

ちょっとイイ話

新聞の夕刊に、ちょっとイイ話が載っていたので、記録がてら、ご紹介。

京都の、代々、220年つづいている鯖寿司のお店の、そこの七代目の佐々木さんという方なんですが。現在55歳。

五年前(佐々木さんが50歳の時ですね)、デパートの催事の仕事で北海道に行き、そこで、統廃合されることが決まっている小さな学校(小学校と中学校が一緒になっているんだそうです)の先生を紹介され、「子供たちに思い出を」ということで、佐々木さんがその学校へ実演に行ったんだそうです。

で、そこの生徒さんは、今まで誰も鯖寿司を食べたことがない、と。


ちなみに、鯖寿司というのは、しめた鯖を使った寿司(多分押し寿司の一種なんだと思います)なんですが、どうして〆た鯖を使ったかというと、京都が内陸だったからなんですね。200年以上昔には、当然冷蔵庫とか冷蔵車なんてありませんから、保存がきくように、揚げた鯖をしめてからでないと、京都に持ってくる間に腐っちゃうから、という理由から生まれた料理なんです。鯖寿司というのは。
逆に、北海道っていうのは、もちろん、なんつっても“新鮮な魚介類”ですから。基本、ピッチピチの魚ですから。毎日。

佐々木さんからしたら、「口に合うだろうか」と。喰ってくれるのか、と。

ところが、子供の反応が良かったんですね。笑顔で「おかわり」と口々に言ってくれたんだそうです。



その反応に、佐々木さんは、「老舗ののれんに守られた店の味でなく、自分の寿司が認められた」と思ったんだそうです。

佐々木さんは、45歳の時に、先代であるお父さんを亡くして主人になり(当然、それまでずっと修行してきてます)、味が落ちたと言われないようにと、必死だったんだそうです。
で、その、北海道の子供たちの反応で、自分の味に自信が持てたんだそうです。

その学校の最後の卒業式で、佐々木さんは、「仰げば尊し」を一緒に歌ったんだそうです。



というお話です。

どうでしょう?
なかなか素敵なストーリーじゃないっスか?

2007年11月27日火曜日

「SIN CITY」を観る

ロバート・ロドリゲス監督の「シン・シティ」を観る。

アメコミが原作ということで、まぁ、その原作者も監督としてクレジットされているワケで、“原作に忠実に”ということなんでしょうか。
その原作に馴染みがない者としては、その辺のアレはちょっと分かりませんが。
しかし、まぁ、いわゆる“一般ウケ”はまったくしない作品でしょうな。

良かったですけどね。

“盟友”タランティーノの「パルプ・フィクション」とシナリオの構造が似てたりして。
あの、エピソードの並べ方というか、時間軸を入れ替える、というのは、なにかお手本みたいのがあるのかねぇ? 流行りってワケでもないと思うんだけど。


内容ですが・・・。

架空の都市の、社会の最底辺にいるクズたちの物語、ですよね。
犯罪者、悪漢、飲んだくれ、卑劣漢、裏切り者。女性は、娼婦と少女しか出てこないし(あ、一番最初に殺される女性は違うか)。

そういう意味では、フィルム・ノワールではなく、ピカレスク・ロマン、というヤツでしょうか?

権力と権威に守られている“本当の悪”を、暴力という手段によって、ピカレスクが討つ、という。
ま、そういう、ある種の伝統的な物語を、最新の技術、超豪華なキャスト、ロドリゲスならではのスピード感と美学で描く、と。そういう意味では、全然成功している作品だとは思いますけど。

ちょっと話が逸れますが、この、“娼婦と少女”というのは、興味深いですよね。
例えば、日本のオタクのメンタリティとは、ここはまったく異なるので。
個人的には、これは、ロドリゲス流のフェミニズムだと思うんですよね。個人的に、こういう形のフェミニズムって、全然アリだと思ってるんで。
“娼婦”という職業に敬意を払えば、こうなる、というか。ある意味での“自立”ですから。
女性に対して、ダッチワイフ的にしか価値を見出せないオタクなんかよりは、全然健全だし、なんていうか、倫理的に正しい、というか。


さて、とにかくこっちが話題になった、その、全面CGで作られた画面ですよね。
フランス産の「ルネッサンス」よりは全然良かったですよねぇ。画面の密度もそうだし、なんていうか、リアリズムを求めていない、という意味でも。コミックの世界を忠実に再現する、という意図が、いい方向に働いてる、というか。
バットマンのゴッサム・シティとよく似てました。アレもアメコミだしね。

ロドリゲスは、それこそ、スパイキッズで、CGを勉強したのかもしれませんね。
キャラクターの肉体の動きを、CGやらVFXやらで“殺さない”という部分は、ホントに上手だなぁ、と。
ロドリゲスって、元々はホントに“肉体派”ですからねぇ。

キャラ的には、ジョシュ・ハートネットのキャラが一番良かったです。カッコよかった。


ま、感想はそんな感じかな。

個人的には、こんな感じの手法で、「ジョジョの奇妙な冒険」を映画化して欲しいです。いま、なんか、あちこちで盛り上がってるし。






DMMでレンタルも出来ます。>>>こちらから。

2007年11月19日月曜日

「16ブロック」を観る

ブルース・ウィリス刑事がまたまたNYで頑張る、「16Blocks」を観る。

作品のトータルは評価としては、“中くらい”って感じですかねぇ。中の上、とか。

正直、モス・デフの演じるキャラクターの造形がイマイチ。なんか、もうちょっと色があってもいいんじゃないか、と。

ま、その、キャラクターへの違和感とは別に、“コンシャス・ラッパー”の最高峰の一人でもある彼が、無教養で低脳な犯罪者を演じるってことに、ちょっと皮肉を感じちゃったり。ま、それは、逆説的に彼の存在感と、演技の巧さを示してるんですけどね。

モースの悪徳刑事もねぇ。なんちゅーか、そんなに“悪徳”に見えないっていうのあるし。

ま、その、2人とも、俺がもってる先入観が強過ぎるっていうか、ね。
モースは、「クロッシング・ガード」もそうだし、他の作品にも出まくってるからね。
正直、その辺のキャスティングは、俺にはちょっとアレな感じなんですよね。

ただ、まぁ、それはB・ウィリスにも言えることだしなぁ。三者三様で、それぞれにとって同様に、挑戦的なキャスティングだったのかもしれませんね。



冒頭の、主人公の“アル中”の表現も、ちょっとしつこいかな、と。アル中でダメダメの男なんだ、というんを説明する部分。
ただ、一人目の射殺シーンへの伏線だとしたら、あのダラダラした描写も正解ですね。あの、「ホントはデキる」感は、凄い良かったです。普通にビックリしたし、裏切られたし。


物理的なアクションシーンと、心理的な駆け引き、というか、精神的なぶつかり合いが、交互に描かれる、というシナリオも、結構好きかも。そういう意味では、刑事2人の配役はあってる気もしないでもないですけど。

ICレコーダーのオチもとてもイイ。うん。そういう、シナリオの部分はもの凄く良いんですよねぇ。物語の構成というか。


ちょっと気になったのは、その、“16ブロック”の具体的な距離感ですよね。“たいした距離じゃない”というのを、例えば街を空撮するとかして、“実際の距離感”を体感させる、みたいな演出があってのいいんじゃないかな、と。普通に、目指す裁判所のイメージが与えられないので、若干迫力不足になってるし。
ニューヨークという“街”が舞台なのに、その“街”が、イマイチ描写し切れてない、という。

NYの地理をなんとなく分かる人だと、要するに、チャイナタウンを縦断していく、ということなんですが。あのゴチャゴチャした区画っていうのは、チャイナタウン特有のカオスなので。どこもかしこもあんな街路ばっかりじゃないですからねぇ。


しかし、NYのダウンタウンを舞台にしつつ、「9・11」についての描写はしない、という部分は良かった。ようやく“平時”に戻ってきたのかな。NYの映画も。一時期、ホントにそういう作品ばっかりでしたもんね。
いや、ま、それが悪いことだとはまったく思いませんけどね。むしろ大事なことですが。


それから、チャック・ベリーとバリー・ホワイトについてのセリフは良かった。エンドクレジットでバリー・ホワイトが流れたりしてね。そこはちょっと、ニヤリ、みたいな。


ま、そんなこんなで、“佳作”でしょうな。

てくてくロケハン

今日は、バイトが休みということで、実際に撮影する時間に合わせてロケハンを。

ま、ロケハンっつっても、自分ちの近くというか、歩いて15分くらいの場所なんスが。

高架下です。

場所としては、悪くないかなぁ、と。人通りというか、交通量も、思ったほどじゃなくって。
というか、日曜の夜って、人全然歩いてないのね。
寒いからだろうか・・・。
いつもの、バイト終わって帰ってくる時間と、そんなに変わらないので、ちょっと拍子抜け。

ま、心配なのは、ポリスですな。

お咎めアリの場合にそなえて、近くの公園もロケハン。ま、公園の方はBプランってことで。


しかし、ずっと外で撮影だから、寒いんだろうなぁ~。
ホントに、それは心配。風邪とか引かないようにしないとな。俺も、手伝ってくれる人も。



さて、休みなので、ついでに、行きつけの漫画喫茶に寄り道。ヘルシングの新刊とベックの新刊と、ジョジョの奇妙な冒険の第一部と第二部の冒頭を少しだけ。
まだ買ってないんだけど、「ユリイカ」誌で、荒木飛呂彦特集やってんですよ!  その予習です。
あと、手塚治虫の「陽だまりの樹」を。


そして!
なんと、明日も休みなんですねぇ。連休。
レンタル屋さんにいって、DVDを借りてきました。今からそれを観ます。感想は、また明日。


ホントは、こんなのんびりしてる場合じゃないんですが・・・。

2007年11月16日金曜日

「インファナル・アフェア」を観る

せっかくなので、シネ・ラ・バンバで「インファナル・アフェア」を観ちゃいました。

ま、感想としては、良く出来たシナリオだな、と。そこに尽きる感じですよね。

二人の俳優の存在感も、もちろん、良くって。
香港の芸能界って、まぁ、詳しくはもちろん、全然知らないんですが、いわゆる“スター”がまだ居るんですよね。歴然と。その“スターありき”の作品でもある、と。

例えばこれが、日本のテレビ局が製作すると、ケリー・チャンがもっとストーリーに絡んできたり、そういう、本筋とは別のところでごちゃごちゃとサブ・プロットが入ってきそうな感じなんだけど、そうじゃなくって、潔く、“男臭い”だけで押し通しちゃってるのは、すごいイイ。この、中途半端に媚びないスタイルというのも、2人の顔だけで客が呼べるということと関係があるワケで。

いや、実はこの作品、そんなに“大作”じゃなかったりするんですよねぇ。そんなにお金かけてない、というか。
そういう意味でも、ハリウッドがリメイクしたがるようなアレではある、と。ハリウッドの映画人が好きそうな題材だしね。
ま、前提として、シナリオがもの凄くいい、というのがあるワケですが。


和洋折衷じゃなくって、中洋折衷というか、そういうのの混合比というか、混ざり具合も好きです。ま、その辺が香港映画のウリの一つでもあるワケですが。この作品では特に、そういう感じを受けましたね。
変に“東洋”テイストを強調し過ぎず、逆に“欧米風”に振り切っちゃうワケでもなく。ま、香港人にとっては、それが当たり前のスタンスなんでしょうけど。

いや、「ディパーテッド」、観てないんですけどねぇ。せっかくだから観よっかなぁ、なんて。

2007年11月11日日曜日

自分用です

この間観た舞台の、公演の後に行われた、作・演出の方とのトークセッションで、俺の質問に答えて貰った場面の映像がアップされていたので。
後々の参考にしようと。
その舞台を観た人でないと分からないことですが、ま自分用です。

>>>時間堂

2007年11月10日土曜日

「普通の人々」を観た

昨日、昼間っから「午後のロードショー」で観た、「普通の人々」の感想でっす。

素晴らしい。
80年に製作ということですから、もう27年前ですか。「24」のジャックの親父が出てたんですが、まだ若かったですからねぇ。顔そっくり。
ちなみに、オレにとっては、キーファー・サザーランドは、「スタンド・バイ・ミー」の“エース”です。
「スタンド・バイ・ミー」大好きなんです。

いや、それはさておき。

内容は、とにかくシンプル。
“家族”について、ですね。
この作品はロバート・レッドフォードの、監督としては第一作目ということで、ま、後々にもずっと、“家族”をテーマに作品を作っていきますよね。ブラピのやつとか。
レッドフォードにとっては、大きなテーマなのでしょう。三宅さん風に言うなら、“作家のテーマ”。

派手な仕掛けもなく、ただただシンプルにキャラクターを追っていく演出は、なんていうか、ホントに今だから凄みを感じる、という。ある意味では力技なんですけどね。


きっと、シナリオがいいんだと思います。ヒューマンドラマにありがちな予定調和的な展開にもならず、かといって奇をてらった展開でもなく(もっとも、製作・公開当時にはどうだったのかは分かりませんけど)、しかしそれでも物語にしっかり引き付けて離さない、という。

主人公の繊細な感情をしっかり描き切る演出も凄いんですけど、俺はどっちかと言えば、脚本の力強さが一番印象に残る感じですかね。


「家族とはこうあるべき」という価値観が、ある悲劇によって揺さぶられ、結果、最終的にその家族の絆というのは崩壊してしまうのですが、その中にも、“尊敬”というモノで回復出来る関係性があるのだ、という。
伝統的な“良き価値観”としての「家族としてのあるべき姿」を、いわゆる“個人主義”が揺さぶっている、というのが作品の背景にある構図だと思うんですね。
で、その、“家族”という、共有していた、ある意味では“幻想”だったものが崩壊した後も、“個人個人のお互いに尊敬し合う気持ち”で、また関係性を構築出来るのだ、というメッセージだと思うんですが。
個人主義的な社会でも、人間同士の確固とした“繋がり”というのは構築出来るのだ、と。
ま、人間性の“成熟”が必要なことは間違いないんですが。その、“成熟”していく過程を描いた作品、と言えるのではないか、と。
ま、深読みですが。
ざっくり言えば、“親離れ子離れ”の物語です。ただ、そこに深い感動を与えてくれる映画である、と。そういうシナリオなんですな。


ちなみに、主人公のガールフレンド役の女の子、めちゃめちゃカワイイです。観たことある顔だけど、誰だろ。



あ、あと、精神分析医のカウンセリングのシーンはちょっと参考になったかも。
“精神科医の治療”云々というアイデアを一つ暖めているので。
ま、参考にするという意味では、近いうちにまた観直したいですな。

2007年11月8日木曜日

なるほどなるほど

昨日の新聞の夕刊に、“Mr.パステルカラー”わたせせいぞうさんのインタビューが載ってまして。
あ、ちなみに、“Mr.ハートカクテル”わたせ氏、62歳だそうです。
ちょっと印象に残ったので、ご紹介。


ぼくはまったくもてないです。若いころは攻めては折られ、攻めては折られで…。A地点から始まった恋愛がB地点で終わってしまったとしたら、そこからが創作の始まりなんですね。あの時もっと優しい言葉をかければよかったとか。その人に対しての「ごめん」なのかもしれないけど、恋がうまくいかないから考える。

シェークスピアが「恋するものは遠くでピンが落ちてもその音が聞こえる」と言いましたね。恋をすると、わくわくどきどきして、すごく五感が働く。そして、楽しい、うれしいっていうプラスの感情が大きいほど、マイナスの気持ち、苦しさや嫉妬心なども大きい。恋は、人間にとって最も大切な情緒や感情を教えてくれるものだと思うんです。

ケンカしてしばらくして熱が冷めた時に、「おれが悪かったかな」とか、別れてから「ああすればよかったかな」とか、相手への思いやりの心がにじみ出た瞬間を描きたいんです。愁嘆場を超えてまたひとつ歴史ができる。また、大人の恋はいろんな意味で制約があって、そこにせつなさがあります。せつない恋というのも好きですね。
奇跡が重なって巡り合う。出会った瞬間はだれでも混じりけない気持ちで純愛しちゃう。夢中で恋した時があったのだからやっぱりあの恋はよかったんだ――。そんな恋の一瞬を絵で切り取ることで感じさせたい。



だ、そうです。

いやぁ、いままで正直、「ハートカクテル」目を背けてきた世界でしたけどね。
ちょっと反省しないといけないかもしれませんねぇ。

2007年11月6日火曜日

うっしゃぁぁ~!

年末に向けて、短編を撮ろうと思ってたんですが、ようやくアイデアが固まりました。
というより、突然浮んできただけなんですが・・・。

一ヶ月以上、いいアイデアがなくって、ウンウン頭を捻ってたんですけどね・・・。

どうして年末かというと、いとうせいこうさんが主催している映像作品のコンテストがあるんです。ま、そこに応募してみよう、と。


さぁて。
人を集めなくては・・・。

小道具とか衣装とか、また色々カネかかりそうだな・・・。
うぅぅぅぅ・・・。

2007年11月5日月曜日

読書の秋

今、「ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2」を読んでます。

なかなかスリリングな内容ですが、“物語をつくる”ことについては、衝撃的でもあって。

実は、遅々として進まず、読了してないんで、ま、感想はまた別の機会に・・・。

いや、衝撃的というより、刺激的というか、なんというか・・・。うまく言えないんですが・・・。
ま、脈拍が早くなるのは間違いないっス。

今日はここまで。

2007年11月3日土曜日

抜け出したい

ユニクロの新しいCM、いいですね。大森さんと麻生さんが出てるヤツ。

サトエリと松ケンのやつもよかったですが、俺はこっちのが好き。