2007年10月28日日曜日

「ガス・フード・ロジング」を観た

ちょっと前に観た、アリソン・アンダース監督のデビュー作、「ガス・フード・ロジング」の感想です。
せっかくなんで、「マイ・ファースト・ムーヴィー」という本と一緒にご紹介。この本は、色々な監督に、自身の処女作について語らせる、という、題名通りの内容の本で、アリソン・アンダース監督も、自分のデビュー作について、インタビューされてますんで。


まず、ストーリーが、なんていうか、若干偏見じみた見方ですが、“女性的”なんですよね。
インタビューアーの言葉を借りれば「ゴールに向かって真っ直ぐに進んでいくものではない」という。
このことについて、監督は、
ストーリー上の問題をいろいろ設定してそれを解決していくというのはあまり興味がない。
ヴィム(V・ヴェンダース)もいつもそうで、ストーリーというのは大切なものを吊るしておくための面倒な道具としか思っていないようだった。
ストーリーは物干し竿のようなもので、人はそこに色とりどりの織物を引っかける。私が興味をもっているのは、そのさまざまな織物、つまり物干し竿に引っかかってるものであって、物干し竿そのものではない。

で、本人は、それを“反ハリウッド的”と定義してますね。


さて、“ストーリーの構築”にあまり興味がない監督は、得てして、その映像で多くを語る訳ですが、アリソン・アンダース監督も、やっぱりそうで、
私はロバート・ロドリゲスの“考えずに撮りまくれ”派には与しない。カメラを向けて撮るだけじが映画じゃない。どうやって意味を作りだすかその手法を学ばなきゃいけない。
ヴィムの映画で私にもわかるところは、短くしてしまっては本来の力が失われるショットがあるということ。
雰囲気を醸しだすようなショットがいかに重要か、人物を風景になかにポツンと入れることがいかに重要かがわかっていた。


もう一つ。カメラワークについて。
何らかの意味で情感を表現しようとするのでない限りカメラは動かしたくなかった。
移動は劇的効果をあげるためか、もしくは感情的理由がある場合に限られていた。長たらしい移動や、めまぐるしい移動、すばやいカッティングといったものにはウンザリしていた。だから簡素なやり方にもどってみようと思っていた。

この、大人しいカメラワークというのは、なんていうか、“しっとり”した印象の残すんですよね。画質もあるんでしょうけど、“エッジの効いた”感はなくって。つまり、登場人物の心の動きに、観る側がフォーカスしやすい、と。
もちろん、“そういう映画”なんで、当たり前っちゃ当たり前なんですが。しかし、その計算はズバリ当たってる、と。
ちなみに本人は、カメラについてはほとんど理解してないと語っていて、基本的にはカメラマンに任せきりとのことです。

と、まぁ、こんなところで。

この作品は、エンディングがとにかく好きで。勝手に“ほろ苦系”って言ってるんですけど。
ハッピーエンドじゃないんですよ。でも、観てるうちに、それが当然だろうとこっちも受容出来るし、それは、キャラクターたちそれぞれにとっては、やっぱり一つの到達点にちゃんとなってて。
監督本人は、作品のシナリオを書いていく過程を、「登場人物と一緒に進む自己発見の旅」と言っていますが、まさに、キャラクターたちが自己発見をするのを見届ける、という。そういう映画です。

これねぇ、「スモーク」がそうなんですよ。まぁ、「スモーク」については、また別の機会に。

「ガス・フード・ロジング」
あ、ちなみに、ガスはガソリン、フードは食事、ロジングはロッジってことで、寝る所って意味です。アメリカの街道沿いにあるモーテルとか、そういう所のことですね。
“旅の途中に寄る所”と。これ、ヘンな邦題付けなくて、ホントに良かったですね。

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