2009年12月31日木曜日

「美しい人」を観る

“年忘れロードショー”で、「美しい人」を観る。


この作品、詳細を全然知らなかったんですが、いい作品ですね。

というか、個人的に凄い好きな作品。こういうの好きっス。


監督は、ロドリゴ・ガルシアという人。
実はガブリエル・ガルシア=マルケスの息子さんなんだそうです。知りませんでした。
それから、ウィキペディアの当該項目によると、「フォールームス」の撮影監督もしてるってことらしい。

で。
この「美しい人」は、オムニバス作品ということで、そうですね。「フォールームス」もそうでした。
テイストは全然違いますけど。


原題は「Nine Lives」。“九つの命”ってことで、「猫は9個の命を持ってる」っていう諺みたいなのが英語圏にはありますけど、恐らくそこから来てるのでしょう。
最終章には、そういうセリフを出てきますので。


で。
ここがポイントなんですが、それぞれの章は、それぞれがすべてワンカットで撮られているんです。ステディカムでずっと移動しながら。
全然事前情報を知らないまま観始めたので、最初の刑務所内のシークエンスでぶっ飛びまして。
「ヤバい」と。


主人公はどの章でも女性で、しかも、いわゆる“普通に暮らす人たち”という設定。

それぞれの、人生(Lifeの複数形のLives)ですね。9人の女性の。


それぞれのシークエンスは、緩やかに繋がっていて、ある章で脇役だった人が他の章でメインだったり、その逆もあったり、という風になってるんですが、あまりその手の「パズルを解く」的な楽しみを見出すような作品ではありません。
ただ、その“お互いに緩やかに繋がっている”という部分も、「知らない隣人にもそれぞれの人生があるのだ」みたいな、演出面の要請に沿っているんだとは思いますが。


まぁ、とにかく、リアリズムが良いですよねぇ。派手なトピックは一切なし。
ただただ、言葉の連なりと応酬である“会話”と、関係性の過去と現在を示す“間”、あとは役者陣の表情。それだけ、という。

ステディカムや照明の具合、そもそものワンカットという手法という、技術的な側面からリアリズムを立ち上がらせる、という部分は、勉強になります。
クロースアップの、どのくらいまで寄るのか、とか、そういう部分も。

普通にカットを重ねていく、という撮り方でも、同じようなリアリズムを構築することは可能なんでしょうけど、そういう、スタイル面での個性とは別の部分で、緊張感というか、やっぱり“間”ということになると思うんですけど、そういう時間と空間とを映画の中に作り出すことに成功している。

やっぱり、観ちゃいますから。


特に、最初のシークエンスで、「この作品はこういうスタイルなんです」という、ある種の“宣言”がされている気がするんです。
作り手の。
受け手は、そこで「なるほど」と。そういうことなんですね、という“了承”があって、という。
そこで、観る側の頭の中の回路みたいなのが少し変わりますからね。

カメラに背中を向けて歩いていく人物がいる場合、普通はカットが変わって正面の表情を捉えるワケですが、この作品ではそういうことはなく、その背中を観るしかない。
つまり、“背中の演技”を観る。
その“間”。

そういう“間”が決してダレ場ではない、というのは、ホントにシナリオや演技力・存在感の勝利だと思うんですが、まぁ、そういうのを堪能する作品だ、と。
堪能というか、没入する、というか。

良いです。



個人的に一番好きなのは、スーパーマーケットの中でかつての恋人同士が再会する、という章。
お互いに引きずる気持ちを抱えながら、しかし拒絶する、という、筋立てもそうですが、とにかく会話のセリフが良いです。ホントに。
そしてその章とは裏返しのような内容の、葬儀場を舞台にした章も、好きです。

というか、全部いいかな。


そして、最終章。
老いた女性と女の子が墓地にお墓参りにやってくる、という。
「祖母と孫か?」と思いきや、実は「母と娘」で、「ん?」と。
この歳の差は妙だぞ、と思いつつ、演出でもなんか妙だな、と思いつつ、最後にブドウのひと房を墓石に載せる、というたった一つのアクションで「実は・・・」という。


う~ん。

九つの命。九つの人生。


素晴らしい!


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