2013年11月8日金曜日

「評決」を観た

CS放送で、ポール・ニューマン主演、シドニー・ルメット監督の「評決」を観た。

たまたまだと思うんですが、この間の「その土曜日、7時58分」とは違うチャンネルでやってた「評決」を、せっかくなので、ルメット繋がりということで、ということで。


素晴らしいですね。さすがルメット。
さすがポール・ニューマン。


冒頭、力強いアングルで、P・ニューマンが、クールなイメージを真逆に裏切る、くたびれた老人役として登場して、と。
しばらく、彼の“墜ちっぷり”が描写されるワケですね。
仕事にあぶれ、仕方なしに、新聞の死亡欄を見て、その葬儀の場に「友人なんです」って嘘をついてもぐりこんで、名刺を渡して、という、どうしょうもない営業をしている老いた弁護士。
酒に溺れて、アル中で手が震えてグラスが持てなくて、口をテーブルの上のグラスに近づけて、という、強烈なカット。

いや、これは作品全編に言えることですけど、いちいちカットに力が入ってるワケですよね。このカットにはこういう“意味”!、という、監督の“意図”が、もうカット/ショットのひとつひとつにたぎってる。
そして、それに応えるP・ニューマン、ですね。

言わば“汚れ役”なワケですけど。
でも、そんな彼だからこそ、出来る役でもあるワケで。


それから、これはこの間の“遺作”を観た後だからこそのアレなんですけど、「黒味を強調した、シャープな画」っていうのは、もう昔からこの人のモノだったんだなぁ、と。
改めて、というか、昔の自分には気付けてなかったトコだよなぁ、というか。
人物の心の陰影、というか、暗闇、というか、そういう部分。
あるいは、いかに空間を切り取るか、という方法論の部分での、なんていうか、「ぼんやりとさせない」というか、「ふわっとした話じゃねーんだぞ」という意思表示、というか。
効いてますよねぇ。


それと、個人的に痺れたのが、シナリオ上に「階級/階層間の対立」を入れ込んでいる、というトコですね。
上層階級と、下層階級。支配階層と、弱者。
弁護士と、原告の夫婦。
あるいは、医師と看護師。
著名な医者と、町医者。
さらに、女性性、黒人。


同時に、上層階級に属する人々の、なんていうか、横の繋がりみたいなのも、描写されます。
街(ボストン)の有力弁護士事務所の中で交わされる、「どこの大学の、卒業時の順位は何番か」みたいなセリフ。
あるいは、公平であるハズの判事も、その階層故に公平さが揺れることに無自覚であることが描かれたり、教会の指導者(司教?)すらも、そうである、と。
エスタブリッシュメント。

そして、主人公自身にも、それから逃れることを許さないワケですね。
長距離列車から降りてきた、白髪の黒人の老人が「まさか医者だとは」思わないで見逃す主人公。

もう一つ、その「上層階級」である「法律の世界」に戻りたい、という、ブロンドの女性の“野心”、ですね。
その“野心”の為には、裏切りも辞さない、という、そういう世界。


医療過誤の犠牲になった妹の為に、という姉と、ブルーカラーのその夫。
仲間の小さなミスをかばって、供述拒否を貫く年配の看護婦。


法廷シーンのクライマックスが、ちょっと弱い気がしますが、逆にそこが、安易に扇情的に作らない、という、演出側の意図であり、弱点なのかなぁ、という感じですが、個人的に熱かったのが、閉廷後(クライマックスのすぐ後)に、法廷の警備員が、主人公に握手を求めてくる、というトコ。
かなりさりげない演出なんですけど、ここは良かったです。
彼も、この世界では、“弱者”なんですよねぇ。制服着て立ってますけど、やっぱり“ワーカー”なワケで、「弱者の為の正義」が成されたことに対する祝福と、ある種の感謝が、そこにあるワケで。

ま、いいですよね。そういうトコが。




やっぱりですねぇ。
頭では分かってるワケですよ。“メッセージ”のキーワードっていうのは。
“社会派”な映画、ということで言えば。

しかし、それらを、「映画」という「物語の装置」の中に、どう入れ込んでいくか。
織り込んでいくか。

ただセリフで語らせたりとか、感情の爆発を演じさせるとか、そういう方法だけじゃダメなワケですよね。
ギミック、フック、トピック、シークエンス、まぁ色んな言葉があると思いますけど、それらを駆使して、一つの完結するストーリーの中に落とし込むか。
あるいは、作品の外にある“世界”は決して解決してないし、続いているんだ、ということを言う為に、敢えて“完結”させず、例えば“余韻”という方法論で、それを伝えるのか。


語られるべき/暴かれるべき不正義があるとして、どう語るのか。
どこに不正義があるのか。どう歪んでいるか、どう歪められているのか。
その原因は何なのか、あるいは、その深い原因まで語る/問うべきなのか。


ただの法廷劇じゃないワケですよねぇ。
法廷劇として見れば、作りはものすごいシンプルですから。

医療過誤の話としても、それ自体は凄いシンプル。

しかし、と。


ルメットがP・ニューマンと撮れば、こうなる、という。
力強い、そしてシャープな、いい作品だと思います。ホントに。
















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