2014年2月7日金曜日

「デビルズ・ダブル」を観た

CSのムービープラス・チャンネルでやってた、リー・タマホリ監督の「デビルズ・ダブル」を観た。

この作品は、邦題として副題が付けられてまして、それは「ある影武者の物語」。
“ダブル”っていうのは、影武者(古い言葉ですけどね。他にいい言い方ないんだろうか…)って意味みたいで。



そうです!
只今日本全土が激震中の、佐村河内守さんでお馴染みのワードになってる、あの“影武者”なんですっ!

いやぁ、奇遇。

もちろん、この河内守さん(いや、冗談ですよ。佐村河内さん)のトピックも、ドラマ化必死ってことで、特にノンフィクション系のライターさんたちは、今頃色めき立っていることでしょう。
こんなドラマチックな話、そうそうないですからねぇ。


いや、下世話ゴシップなモードは、これくらいにして。



太平洋を股にかける漢、リー・タマホリ監督による(ちなみに、タマホリって名前だけに、“ある種”の性的スキャンダルの持ち主でもあります。悪しからず)、あの、イラクのサダム・フセインの長男、ウダイの“影武者”の話。


北朝鮮の金正日にも、影武者がいた(しかも、何人も)って話ですけど、作中でも、父であるサダムにも身代わりの贋者がいて、そして、自分は長男の影武者で、というシークエンスが出てきます。



いやしかし、凄まじい。


正直、“替え玉”の“主”である、ウダイ・フセインの鬼畜っぷりが凄すぎて、ドン引きしちゃいましてですねぇ。。。
物語に入れないんですよねぇ。気持ちが。

まぁ、このリー・タマホリって人は、「へビィな題材」をへビィなままそのまま受け手に投げてくる、という作風の映画作家でして。

いや、とんでもないですよ。


ストーリーの、それこそ80%くらいが、ウダイの悪行みたいな感じですからねぇ。
父親のサダムが、ちょっと良識のある人物にすら感じてしまう、という、ワケの分からない心情に陥ってしまう、という。


しかし、この、“狂人”と、その“悪”に取り込まれないように精神的に一生懸命抗う“影武者”を、二役で演じてる、と。
要するに、ここを観る作品なんですよね。本来は。

合成なのか、どうやって撮ってるのか全然分かんないですけど、そこの撮影テクニックと演技(演じ分け)は、ホントに凄いです。巧い。

特に、「影武者が“主”を演じようとする」のを演じる、というシーンが幾つかあるんですけど、そこが凄い。
ちゃんと「影武者が演じてる」ようになってるんです。


その影武者本人の自伝を基にしている、というのもあって、「俺がお前」「お前が俺」みたいな、アイデンティティや自己の実存に深く潜っていく、というような展開にはならないんですけど(個人的には、そういう話だと思ってたので)、まぁ、これはこれでいいんでしょう。


もう、ハンパないっすよ。独裁者の息子って。



あと、映像のタッチがちょっと独特で、詳しくは分からないんですけど、新鮮でした。
どういう手法なんでしょうか?
プラスチックみたいな、なんていうと全然伝わらないと思うんですけど、光量が凄い多くて、なおかつ凄く鮮明に撮ってる。
まぁ、砂漠の国ってことで、光量の感じはそこを狙ってるんだと思うんですけど、黒味も強くて、なおかつクリアなんですね。

この画のタッチは、詳細が分からないだけに、気になるトコです。



でも、旧イラク政権の内情をこういう形で描いているワケですけど、かつての国情っていうのが、ここで描かれている通りだったのなら、「イスラム過激派」と協力関係にあるワケないよなぁ、と。
物凄く素朴なアレですけど。
宗教性って、まったくないですもんね。

そもそもフセイン政権っていうのは、隣国のイラン(革命によって、政教を完全に一致させた政体の国)に対する防波堤として、各国から有形無形の支持を受けていた、という成り立ちを持っているワケですけど。

ま、そういう大きな話は、いいですね。



そんなワケで、諸々、見る側を試してくるような作品ですけど、観る価値はある良い作品だと思いました。
でわ。


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