2014年1月10日金曜日

「野良犬」を観た

京都文化博物館フィルムセンターで、黒澤明監督の「野良犬」を観た。


京都の、もうホントに市内のど真ん中にある文化博物館は、フィルムライブラリー事業というのがあって、そのアーカイブを上映してるんですよ。
500円で。

http://www.bunpaku.or.jp/exhi_film.html


実はいま、曲がりなりにも京都で暮らすことになったもんで、利用しない手はないな、と。

やっぱり、東京と比べると、ミニシアターは少ないんですけど(大阪まで出れば、いろいろあるんでしょうけど)、まぁ、京都は映画産業の街でもあるワケで。
今まで、正直あまり意識したことはなかったですけどね。

でもまぁ、行ってきました。
クロサワ。


今さら何を言うことがあるんだ、という感じですけど、とにかく“初期の名作”でもある、「野良犬」です。
未見でした。
本とかで間接的に内容を知ってるぐらいで。

勉強になりますよね、やっぱり。



まず、冒頭、志村喬の登場するシーンの強さ。
その後の、苦悩する三船敏郎に掛けるセリフ、「コルトがなけりゃブローニングでやったさ」。

この辺はやっぱり、いいです。

それから、やっぱりテクニカルな方法でサスペンスを魅せる、部分ですね。
野球場の、あの感じ。
もしくは、ホテルのロビーの、あの公衆電話とその直前の言葉のやり取り。

改めて気付いたんですけど、延々と闇市の巡り歩くシークエンスでも、画の構図、というか、切り取り方っていうのは、ワリとスクウェアなんですよね。
ワリとスクウェアで、きちんきちんと撮っていく感じ。
もちろんこの感覚は、今だからこそのアレなワケで、当時は手持ちのカメラだってなかったワケで、とにかくデカいカメラをゴツい三脚に乗せて撮る、ということしかできかなったワケですから、それでいいんですけど、でもその“制約”の下でも、緊張感・緊迫感をチャージしている。

それは、「全部を見せない」というテクニック、ということだ思うんですけど。

まぁ、見事ですよ。
シナリオの勝利でもあるんでしょうけど。

場内アナウンスで2回呼び出す、とか、最高ですよねぇ。



もちろん、主題も。

追う側と追われる側の関係性を主題にして、表裏同一であるかも、とか、お前は俺なんだ、とか、そういう、“ポストモダン”に片足突っ込んでいる感じは、この時代を考えれば、やっぱり圧倒的に“新しい”ですよ。

現代/現在でも全然通用するテーマだし、プロットだし。
その“新しさ”には、ちょっと圧倒される感じ。



やっぱりかなり異端視されたと思うんですよねぇ。

なにしろ、戦後すぐの頃ですから。
「復員」とか「アプレゲール」とか、そういう言葉が何度も出てきますけど、そういう時代。
その時代に、美男美女のファンタジーではなく、リアルな世情をリアルに描く、という、それだけで相当エッヂが立ってるな、と思うワケですけど。

しかし、同時に技術的な巧さと“腕力”でもって、“ウケ”も同時に取る、という。
異端にして王道、豪腕でありながら職人技も。

そして何より、悩める青年を演じる、三船敏郎。
あるいは、“大人の余裕”を装う難しさに悩む中年、志村喬。

刑事に“告げ口”なんかしない、という、脆さを必死に繕おうと突っ張ってみせる淡路恵子。





あと、科学捜査なんかも盛り込まれてるんですね。
線条痕。
それから、聞き込み。尾行。過去の捜査のデータの照会。
若い刑事とベテラン刑事のコンビ。


いいですよねぇ。



わざわざ出掛けて行った甲斐がありました。
スクリーンで観れたのは、結構貴重な体験だと思うしね。


うん。



よかったです。さすが巨匠。









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