2010年12月7日火曜日

巨匠<マエストロ>

昨日の新聞に、オーケストラの指揮者についての特集記事が載ってまして。
映画とは直接的には関係ない内容なんですが、興味深かったので、ここにアーカイブ。

指揮者はかつて、独裁者だった。強烈な個性で楽団を自在に操り、劇場の中央に君臨する姿は「マエストロ」の名に恥じなかった。しかし、グローバル時代の到来とともに、そのイメージは大きく変わりつつある。楽団員のやる気を保ち、スポンサーの接待も厭わない。

世界のオーケストラのレベルが近年飛躍的に上がり、演奏家の国際化も進んだ。様々な国籍の歌手、個性の強い演奏家、頑固な演出家、業種を問わないスポンサーたちと接するようになった指揮者には、それぞれの立場を見極め、思惑の間をすり抜けつつ、自らの意志を貫く術が、これまで以上に求められるようになった。
現代のマエストロは忙しい。命令ではなく、こまやかな気配りを身上にする。その姿は、芸術家でありつつも、企業人と何ら変わらない。

指揮者の本質は、かつて「独裁」だった。その命令は絶対。ミスをしたソリスト、不平を言う楽団員が即座に解雇されることもあった。第二次世界大戦前夜、ベルリン・フィルを率いたフルトヴェングラーの背中に、ヒトラーはひそかに自らの理想を重ねたほどだ。
しかし、現代の指揮者たちは概して腰が低く、謙虚な印象を与える。

変人と紙一重の強烈な個性を放つ指揮者は今、随分減った。世界の楽団の技術レベルが向上、楽団側の意向を指揮者も無視できなくなったせいもある。
指揮者が世界中を飛び回るようになり、相手にするのも慣れ親しんだ自分の楽団ばかりでなくなった。楽団員らは初対面の相手に対し、まずその実力を値踏みする。
この指揮者はいったいどんな指示を出すのか、どれくらい深く音楽を解釈しているか、自分たちのミスにどれくらい気づくかーー。さまざまな視線に指揮者はさらされる。


まぁ、かつては“マエストロ”と呼ばれ、“独裁者”であることが許されていた「指揮者」というポジションが、いま現在ではどうもそうではない、と。
記事としては、読者層に引きつけて、「普通のビジネスマンと変わらない」という部分を書きたい、ということのようですが。


フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者の、大野和士さん。
こんな感じなんだそうです。
劇場は、歌手、演出家、照明に衣装と、職種のるつぼ。それぞれの主張が正当であればあるほど関係にヒビも入る。トラブルを避けるには、コミュニケーションの基本である語学力が不可欠だ。
「賭博師」のキャストの国籍も米仏伊と多彩で、オペラはロシア語だった。英独仏伊語に堪能でロシア語も解する大野は、それぞれの歌手の母語で指示を出していく。
突然、欠席していた女性歌手のパートを大野がロシア語で大まじめに歌い出した。その怪しげな高音に歌手たちは思わず噴き出し、練習が中断。
こんな何気ない一幕も雰囲気を和ませ、チームワークの源となっていたようだ。


ユーモア、ですね。
というか、まぁ、“人間性”をさらけだせ、と。
そんな感じでしょうか。


ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団芸術監督、パーヴォ・ヤルヴィさん。
彼は本番後、コミュニケーションを図ろうとしばしば楽団員とともに食事をし、ワインを飲む。
舌の回りが良くなると、自然と反省会に。
「指揮者の奴隷ではなく、皆が演奏に責任を持っている、という感覚を持ってもらうためにも皆に発言の機会を与えることが大切。私はメンバーの一人に過ぎない」。
独裁者型の指揮者のやり方には「恐怖には、人は一時的にしか従わない」と否定的だ。


コミュニケーション。
あと、「指揮者の奴隷ではない」と。

イタリア出身で、ウィーン交響楽団首席指揮者のファビオ・ルイジさん。
「楽団の個性や思惑を探り、相手の心理を読む能力が、指揮者には求められる」。
「指揮者は心理学者です」
また、指揮者に欠かせないのは、不満や挑発を聞き流す「平常心」だという。すべてをスピーディーに決定していかねばならないからこそ「イエス」も「ノー」も涼しい顔で。
「怒ったって何も解決しないことの方が多いですからね」


単なるコミュニケーションではダメだ、と。全部をいちいち聞いていてはどうにもならないワケで。



指揮者とは違う立場でオーケストラを率いる人たち。
つまり、経営者たち、ですね。
オーケストラが所属する、劇場の経営者。

チューリヒ歌劇場総裁の、アレクサンダー・ペレイラさんの話。
彼は、1100席の小さな歌劇場の経営を黒字転換させた経営者だ。
20〜30代の頃、イタリアのタイプライター会社で営業の仕事をしながら、オペラ歌手を目指して勤務地のドイツで声楽を学び、同時にコンサートの企画運営も手がけた。歌手の道をあきらめ、ウィーン交響楽団の本拠地ウィーン・コンツェルトハウスの事務局長に招かれた時、気づいたという。
「私は芸術を理解し、お金の集め方も知っている。バラバラだと思っていた経験がこの仕事で一つに重なった
ペレイラの持論は「しばしば、10%多くのお金をかけると15%さらに素晴らしいものができる」。
音楽の現場で経営を知ることの利点を、ペレイラはこう説明する。
ファイナンスを理解していると冒険ができる。リスクをどうやりくりすればいいか解らないと、小さくまとまって何もできない」。
「劇場が生き残れるかどうかは、経営者がいかにお金を作れるかにかかっている」
仕事で最も優先すべきことは何か。答えは明快だ。
「もちろん、アーティストに仕えることです」


ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスのチーフエグゼクティブ(社長)のトニー・ホールさん。
「芸術監督がステージに集中できるようにするのが私の仕事。お金が回らないと、芸術もおかしな方向にいってしまうからね」。
「私は四つの皿を同時に回す皿回しのようなもの」。
四つの皿とは収入源である国の助成金、チケット収入、寄付金、事業収入のこと。
うまい皿回しの効果は数字に表れた。就任前に総収入の40%を占めていた助成金はいま25%、逆に寄付など資金調達は3.4倍の約30億円に増えた。

世界的な経済恐慌の中で、まぁ、アート関係に対する助成金というのは、当然削られていく流れにあるワケで、その中で「芸術監督がステージに集中できるようにする」には、優れた“経営者”が必要なんだ、と。
いわゆる事業収入(チケット販売以外の、劇場が自分が稼いだ収入。要するに物販とか)と、寄付。

しかも「アーティストに仕えることです」と明快に言い切る潔さ。



まぁ、遥かハプスブルグ家の昔から、芸術は「カネを持っている人」に保護されてきたワケで、今はそれは、“貴族”ではなく、広く“市民”なワケですからね。
“市民”という現代の「アートのオーナー」から、広く薄くカネを集めてくることこそが、経営者である彼らビジネスマンの、アートへの奉仕のやり方なワケで。



指揮者の話も含めて、面白い記事でした。
でわ。

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