2010年1月15日金曜日

「戦場でワルツを」を観た

シネスイッチ銀座で、「戦場でワルツを」を観た。

月曜に観たんですが、感想は書くのが遅れました。
遅れたのには理由があって、それはずばり、「う~ん、そうでもねーなー」と。

前評判ほどの作品ではなかったかなぁ、と。

色々作品の解釈みたいなのを考えたりしたんですが・・・。



まぁ、あちこちで賞を獲ったってことで、話題にはなってたとは思うんですが。
テーマは、レバノン内戦でのある局面を“回顧”していく、と。
で、その表現方法として、新しいスタイルのアニメーションが導入されている、ということで、そっちのトピックでも注目されていたワケですけどね。
アニメーションで作られらたドキュメンタリー、ということで。


でもねぇ。
別にアニメにしなくても、という、身も蓋もない感想が浮かんできちゃう、というか。
こちとら、日本で育ってますからねぇ。
散々アニメーション映像を浴びて生活している人間ですから。


アニメにしか描けない領域、というところには達してはいないんじゃないかと思います。


作品は、レバノン内戦で進駐したイスラエル兵の視点から、PTSDに罹ったその元兵士の戦場での記憶をたどっていく、という作りになっているんですが・・・。


う~ん、と。



この作品は、その、イスラエル側からこういう作品が出てきた、という、ある種の“政治的”な評価でゲタを履かされている、ということに尽きるんじゃないかと思うんですよねぇ。


レバノン内戦における、ある“虐殺事件”についての記憶、ということなんですが、まぁ、アメリカが起こしたベトナム戦争における虐殺事件や、まぁ、もっと端的に言ってしまうと、日中戦争時の南京大虐殺、とか、“そういう類”の事件を巡るストーリー、ということですよね。


なんつーかねぇ。
イスラエル人の“懺悔”に過ぎないんじゃないか、と。
それだけで終わってしまっている、という感じを受けたんです。作品からは。


俺は個人的には、そこに留まるのであれば、特に価値(意味)を感じないので。


オランダに移住した元同僚兵士と、マリファナを回しながら、PTSDによって失われた戦場での記憶を取り戻そうと、経緯を辿っていく、なんて、悪趣味だとしか思えない。
別に、マリファナが悪いとか、表現自体が悪いとか、そういうことではなく、なんつーか、単なるスノッブでしょ。これじゃ。
作品全体に、そういう空気が漂っている。


そのくせ、セリフも浅いし、語ろうとしていることも、最後の最後でなんか逃げてる気がしたし。



少なくとも俺は、そんな風な印象を受けました。


まーでも、なんつーか、単なる個人の内面の吐露、ということで作られた作品なのかもしれないんだけどねぇ。
最初から、そういうことでしかない、という作品なのかもしれないけど。

でも、そういうことならなおさら、被害者側の視座だったり、もうちょっと深みまで到達して終わらせないと、意味がないんじゃないかなぁ。
作る側も。
観る側も。



あとねー。


音楽がねー。


俺はダメ。


ま、そんなこんなで、このスタイルのアニメーションの可能性は感じたかなぁ、というぐらいですかねぇ。




でも、年末に観た「アバター」、この「戦場でワルツを」、その次の日に観た「ライブテープ」と、この三つは三つとも、映画/映像表現をそれぞれの方向に拡張する、という意味では共通する部分を抱えている、という作品でした。
この3作品を近いタイミングで観れたってことは、まぁ、収穫かな。


というワケで。
こんな感じで。


でわ。



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