2009年8月16日日曜日

思考して、行動する。言葉はきっとその先に落ちている。

俺は朝日新聞を購読してるんですが、今日の夕刊に、佐々木幹郎という詩人の方のインタビューが掲載されてまして。
「追憶の風景」という、多分シリーズものだと思うんですが。


佐々木さんの“風景”は、ペルシャ湾のアルグルマ島というところ。

ちょっと長くなりますが。

地球が滅びるときは、こういう風景なんだろうと思いましたね。
白い砂浜と青い海、それにマングローブの緑。美しい島に見える。でも、すべて嘘、実際は半死半生の島なんです。白砂の下には、原油が固まって4センチのアスファルトと化した層がある。マングローブの周りのカニの穴も油づけで、カニの死骸は無数に見つかりました。

きっかけは小さな新聞記事でした。湾岸戦争でクウェートからアラビア湾(ペルシャ湾)に流れた原油を除去するため、関西の老人たちが、“ひしゃく”を持って行くという。僕は読んで笑い転げました。

記事に出ていた連絡先に電話してみたら、団長は「行きまっせー」という元気のいい声。
でもメンバーは英語を喋れない。それで僕に「通訳として同行してくれ」と。渡航費用は約40万円で自己負担。
僕にも戦争の跡をこの目で見てみたいという思いはありました。湾岸戦争はバーチャルリアリティーに覆われていて、現場を知らないでみなが議論していた。油にまみれたウミウの映像がでっち上げだという話まで出た。そんな状況を突き破る一つの方法かもしれないと思いました。

渡航近くになって、僕の詩集が「高見順賞」を獲ることが分かりました。その授賞式が渡航中に開かれるという。団長に電話したら、悲しい声で「行かないなら、全員の渡航をやめる」と。
僕は双子の弟がいるので高見夫人に「弟を代理に」と相談したら、「影武者ね、面白い。最後まで黙っていましょう」と。さすがにそれはマズイということで、弟は式の途中で身分を明かし、僕の言葉を代読しました。

“ひしゃく”は結局役に立たなかった。威力を発揮したのは“備中鍬”です。「オイルじゅうたん」と化したアスファルト層を剥ぎ取り、袋に詰めた。299袋、4.5トンになりました。マングローブには油を吸収する粉を塗りつけ、コンプレッサーで海水を吹きつけた。

島では海藻類が油を吸収して真っ黒になっていた。数羽の白いサギがカニを探していた。自然は自ら回復しようと涙ぐましい努力をしていました。


海上からは漁船が機関銃を撃ち合う音が聞こえました。隣国同士が国境争いをしていた。サウジ東岸のダーランという町のホテルに泊まりましたが、近くのアメリカ軍基地から轟音を響かせて戦闘機が飛び出し、サウジの役人たちが「戦争だ」と興奮していた。アメリカや企業が動けば、お金が落ちる。彼らは戦争を待望していた。僕は予想していないものを見てしまった。人類は滅びるまで戦争をやめないと思いました。



今日は終戦記念日でした。

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