2009年8月7日金曜日

裁判員制度始まる

裁判員制度が始まった、ということで。

個人的に、この制度にはあんまり賛成じゃなくって、3年後にはなくなってるんじゃないかとも思ってるんですが(もちろん、いざ呼ばれれば、ちゃんと行くつもりではいます)。

しかし当然、“物語”がそこに生まれそうだという関心は、あります。


新聞に、初めて行われた裁判で裁判員を務めた方々の言葉が載ってて、なかなか重い言葉が紹介されてたので、ここでもご紹介。
ま、人を裁いたワケですからね。重責ですよ、これは。


2番 今も緊張しているが、本当にいい経験だった。
7番 率直なところ、ホッとしている。
5番 一般の主婦ができるのか不安だったが、他の方たちと一緒にひとつのことを成し遂げた気持ちだ。
補充 社会的重責を精一杯務め上げたという認識でいる。

1番 最後まで、これで良かったのか、分からなかった。決めなくてはならないが、つらい部分もあった。
7番 刑の長さについて何が正解ということはない。最後は自分の考えに基づいて話したが、不安感が大きかった。
6番 最初は自分が決めなければという気持ちが強かったが、みんなで最終的な結論に持っていくと考えられるようになってから少し楽になった。

1番 メンバーがとても話しやすく、今となってはかなり前から知り合いの感覚だ。評議でも思ったことを素直に話せたと思う。
4番 とても話しやすい雰囲気だった。初めて会った方ばかりだが、前から知り合いのような気持ちで一つのことに向けて真剣にできた。

7番 最初はなぜ自分が、と思ったが、4日間で考えが変わった。個人が集まって社会ができている、と意識するようになった。社会を住みやすくするために何ができるのかを考えれば、制度は発展していく。

2番 プレッシャーを感じ、いつもより寝付きが悪かった。
7番 お酒を飲みながら、明日は判決だと思い、被告、被害者の情景を思い浮かべた。無常観というか、世の中の不条理を思い、こういう社会がどうやったら良くなるのかを考え、興奮し、少し泣いた。被告の家庭環境や育った経歴は非常に不幸な部分がある。やることがうまく行かない不器用な生き方。自分と10歳ぐらいしか変わらないが、そういうことを考えていて、疲れと興奮で涙腺が緩んだのだと思う。
5番 子供がいるので色々やることがあったが、何かいつもより手際が悪く、食事もずれ込み、意識をしていなくとも、考えているところがあったのかと感じた。

ざっとこんな感じです。
「7番」の方が、かなり突っ込んだ発言をしてますよね。記事に因れば、60歳の男性の方、とのことです。



で。
まず、この記事から浮かぶのは、裁判員たちが、“達成感”と同時に“一体感”みたいなのを感じていること。
“物語”への発想としては、「しかし、今後彼らが会うことはない」ということがポイントかな、と。
まぁ、会うこと自体は別に構わないんでしょうけど、守秘義務がありますから。

かなり濃密な時間を、ある種の“閉鎖空間”で過ごすワケで、なおかつ、かなり重い“ミッション”に挑む、というシチュエーションなワケで。

当然、“男女関係”なんかも生まれるだろう、と。少なくとも、そういう感情が芽生える可能性ぐらいはあるワケで。

裁判員という関係性は、かならず解散しなければならない、ということになってるワケで、そこら辺はドラマツルギーを生みますよね。

例えば、この“一体感”の感じと、ネットでのコミュニケーションとを対比させる、なんていうのはあるかな。
守秘義務と、ネットの匿名性が誘発する「つい言いたくなる感じ」との葛藤、とか。


それから、これは7番の方の発言からですが、この、“社会的意識”というか、ある種の“芽生え”があったワケですね。社会に対する責任感みたいなのを感じて、なにか、意識が変わっている。
そういうことは、十分にあり得ると思うんです。
裁判員の経験がきっかけで、何か、例えば社会的な行動を始める、とか。

しかし、その“動機”は、あまり明らかにすることは出来ない。守秘義務を守る必要があって、こういうタイプの方っていうのは、やはり同時に守秘義務に対しても忠実に守ろうとするんじゃないか、と。
つまり、そこには“葛藤”が生まれるんじゃないか。

それから、もっと単純に、そういう“意識の芽生え”のその後の持っていく先がない、という事態もありうるワケですね。非日常⇒日常、という変化が再びあるワケで。裁判員の方々には。
日常に戻る、ということが。
これはこれで、結構大きな負担になったりしますからね。

もう、元の「無知だったが幸せな日常」には戻れない、とか、そういう感じのストーリー。
“通過儀礼”とは違うんでしょうけど、まぁ、例えば戦場から帰ってきた兵士、とか、そういう話は良くあるワケで。


あと、やっぱり考えられるのは、被告と裁判員、という関係ですよね。両者とも、はっきり顔を見てるワケですから。
プロの法律家(裁判官、検察、弁護士)たちにとっては、無数に経験している事例のひとつかもしれませんが、これが一生に一度の大きな事柄であることは、間違いないワケで。

そして、被告も裁判員も、その場を終えたら、それぞれの生活の場、というのがあるワケです。
当然、偶然出会ってしまうということもあるし、故意に会いに行く、ということだって考えられるし。

法律家たちは、収入が高いという物理的な理由もあるんだけど、どこか“世間”とは隔離された雰囲気をまとってると思うんですね。浮世離れしている、というか。
まさにそこが、この制度が導入された理由でもあるんだけど。
でも、裁判員たちは、被告とは、文字通り地続きな場で生活している可能性がある。(法律家たちには、そういう感じはあまりないと思います)
これは、結構大きいと思う。



という感じでしょうか。

ま、色んな物語があり得る、と。
賛否はともかく、社会的には物凄い大きな転換ではあるワケで、ここにリアクションを取らない、というのは、“物語作家”を目指す人間としてはNGだろ、ということで。
実際に自分で作品を書くかどうかは別にして、ね。
少なくとも、反応はしておかないとね。

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