2009年2月11日水曜日

「摸倣犯」を読んだ

宮部みゆきの大長編「摸倣犯」を、ついに読みました。


三泊四日のスケジュールで、実家に帰ってたワケですが、実家の本棚に鎮座してまして。ハードカバーの上下巻ニ札が、強烈な存在感で俺を見下ろしてたんですよ。
遂に読むか、と。外出るにも、寒いし。


いや~。凄かった。丸々2日間とちょっと、部屋に篭りっぱなしで一気に読んじゃいました。
ミステリーを読みながら、マジで背中に悪寒を感じたことは、正直初めてでした。
震えながら読んだ、と
いや、今さら俺の感想をどうこう言う作品ですらないんですけどね。。
ホントに、傑作とされてる作品ですから。


ウィキペディアのデータによると、連載開始が95年ですから、構想とかを考えると、ホントに15年くらい前のアイデアですかね。
ちなみに、映画化は2002年(7年前)。





で。
ではなぜ、このブログで取り上げるか、と。



2時間の映画じゃなくって、「24」とか「LOST」とか「プリズン・ブレイク」みたいな、そういうスケールで作るべきだったんじゃないか、と。

いわゆる「海外ドラマ」のジャンルって、その、DVDの登場・普及がそうさせてるワケですけど、要するに10何時間分の映像作品を観る、という鑑賞スタイルなワケです。レンタルでまとめて、というアレですけど。
“映画”はだいたい100分から2時間なので、まとめて「2時間の映像作品」とすると、“海外ドラマ”は、「10時間以上の映像作品」として捉えられているんじゃないか、と。

スケール感の話なんですけどね。

「摸倣犯」の作品世界は、その、2時間弱の映画よりも、もっと“長い時間”を使うことが出来る、そういうスタイルの方が適していたんじゃないか、と。


例えば、「20世紀少年」の映画化は、1部~3部の三部作形式になってます。
「レッドクリフ」は、「三国志」の「赤壁の戦い」のシークエンスの映画化ってことですけど、こちらも前後編の二部作。

“原作”のスケールに適したパッケージがあるんじゃないか、と。
DVDというメディアの存在が、その要因の一つになってることは、多分間違いなくって。
ま、それはさておき。



「摸倣犯」。
今こそ、どうですか、と。
基本的には人間ドラマですから、アクション作品やSFなんかと比べても、ずっと低予算で作れると思うし。




つーか、こんな大長編を1人で書く、ということが、マジで凄いことなんですけどね。
確か大沢在昌さんご本人がこう語ってたことを(うっすらとですが)覚えてまして。
曰く・・・

世の中には二種類の作家しかいない。宮部みゆきと、それ以外だ




ただ、作品を読んだことがある方はお分かりだと思いますが、いわゆる“共同脚本システム”の参考になりそうな造りでもあるかな、と。
いや、素人のカン違いな可能性も十分にあるワケですけど。



いやー。



で、本棚からもう何冊か引っ張り出して読んだんですけどね。
伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」、読みましたし。
あとは、スチュアート・ダイベックという人の「シカゴ育ち」という本とか(訳は柴田元幸さん!)。

実家の本棚が充実してたおかげで、読書三昧の帰省でした。
おかげで、自分で読もうと思って持参していった本(二冊)は、まったく読めませんでしたが。

しかしとにかく、そのボリュームも含めて、「摸倣犯」でした、と。


ハンパねぇっス。マジで。


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