2008年11月20日木曜日

たまには「ほぼ日」も読む

えー、たまには「ほぼ日刊イトイ新聞」を読んだりもしまして。


今回はたまたま、梅田望夫さんという方が「召喚」されて、糸井さんと、任天堂の社長さんの岩田聡さんと、三つ巴でくんずほぐれつしてるんですが、せっかくなんでそこから、参考になる部分でも。


岩井 あの、私の経験から言うと、あるプロジェクトが上手くいく時って、理想的なリーダーがすべて先を読んできれいに作業を割り振って分担して、その通りにやったら出来ました、という感じの時ではないですね。

糸井 ああー、そうですか。

岩田 まぁ、とくに、僕らの仕事は、人を驚かせたり感動させたりすることですから、事前に理詰めで計画を立てることが難しいというのもあるんですが。一方で、どういう企画が上手くいくかというと、最初の計画では決まってなかったことを、「これ、僕がやっておきましょうか?」というような感じで誰かが処理してくれる時。そういう人がたくさん現れるプロジェクトは、だいたい上手くいくんです。逆に、そういう現象が起きない時は、完成したとしても、どこかに不協和音があって、ダメなんですよね。

糸井 「ただの完成品」が出来ちゃうだけですからね。

岩田 ええ。で、Wiiを作っている時なんかは、「ここがちょっと問題だから、やっておきましょうか」っていうことが今までのハードの中で一番多かったような気がするんです。きっと、そういうムードが出来てたんでしょうね。

糸井 面白いですねぇ。

岩田 あと、全体の方向性の話で言うと、Wiiの開発チームでは、開発のごく初期の頃から「Wiiはこういう機械にしたいんだ」っていう話をもの凄くたくさんしてたんですよ。だから、「こうありたい」というイメージはけっこう共有されていたと思うんです。そのうえで、現実的な問題が起こりそうな時に、誰かが発見して、自然と解決していくという感じで。

糸井 それも、「思わず解決しちゃう」んだろうね。総体がいい方向に向かっている時は、「問題があると解決しちゃう」といういい反応が連鎖してるんだと思うなぁ。



で、「そういうムード」を作るためには、つまり、「思わず解決しちゃう」という反応を引き出すためにはどうしたら良いか、という部分で。
梅田さんは、(いつものように)オープンソースについての例を引いて語っております。
正確には、オープンソースという手法を使って「Ruby」というソフトを開発しているまつもとゆきひろさんという方の言葉、ですね。
あくまでオープンソース・ソフトウェアの話ですから、あくまでヒントなんでしょうけど。

梅田 僕は、「Ruby」というオープンソースのプログラムを作ったまつもとゆきひろさんという人に「オープンソースの秘密」について伺ったことがあるんですけど、彼がとても興味深いことを言ってたんです。どういうことかというと、彼にはまず、作りたいモノがあるんですね。誰かの為に、というのではなく、「自分はこういうものが作りたい」と思って1人でダーッと作っていく。
そうすると、自然に適切な大きさの問題が生まれていくと言うんですね。例えば、自分の作りたいことが、この机いっぱいくらいの大きさだとすると、「この机いっぱいの大きさのものを作る」と宣言して作り始めるんだけど、人間ひとりの出来ることには限界があるから、まあ、一部分だけしか出来ない、と。そうすると、あいつが言ってたのに出来てない所がここにあるぞ、とか、作ったと言うけど欠陥があるぞ、とか、毎日毎日動きを続けていると、適切な大きさの問題が次から次に生まれるんだそうです。で、それさえ生まれれば、インターネット上にはそれを解決する人が現れる。新聞にクロスワードパズルが載っていたらそれを解く人がいるように、それをみんなが解いていくんだと。

糸井 逆に、その問題を、「解決したい」と思わせるように見せるという、魅力的な提案の仕方というのはありますよね。

梅田 そうなんです。だから、まつもとさんが言ってたのは、とにかく動き続けること。彼自身が動き続けていないと、新しい問題が生まれないんだと。だから、自分が止まっちゃうと、みんな他のプロジェクトに行っちゃうんです。



っちゅーことです。まぁ、ちんぷんかんぷんの人は、今日は勘弁して下さい。



で、今日はもう一つ。
「亀とアキレス」で、糸井さんの奥さまと夫婦役を演じた、北野武も「召喚」されてます。
もちろんここでは、演出論と、それと対になってる演技論についての部分を、ご紹介。

糸井 たけしさんの場合、演技する自分の他に、監督やってる自分っていうのがもう1人またいるわけで、たとえそれが自分の監督作品じゃないとしても、芝居やってる自分に対して点数つけますよね、きっと。その場合は、本気でやってる方が監督目線で「いいんじゃない」って言えるのかな。

たけし ウーン、人の作品に出る時は自分の芝居をどこに持っていくのかがちょっと複雑でね。本気でやって、その監督がOK出すかどうかはまた違うと思うわけ。

糸井 なるほど。

たけし だから、基本的には、さっき言ったように監督がOK出すような芝居をするの。あんまりやりたくない仕事を義理でやってる時は、極端に言うとリハーサルから、手抜いていて、本通しぐらいから力入れて、本番で、こう、気持ち入れた振りをするみたいな。

糸井 それでも、周りからは分からないし、監督もOKが出せるわけだ。

たけし ウン。でも、ホントは、本気でやってOKが出るのが一番気持ち良いんだよね、役者にとっては。

糸井 ああー。

たけし だから、黒澤(明)さんに、色んなこと言われまくって、仲代(達也)さんたちが「うーん‥‥」って悩んでたりするのもさ、アレ、本気でやってるわけじゃなくて、黒澤さんがいちばん気に入る演技を調整してるだけだと思うわけ。

糸井 それを見つけていくプロセス。

たけし ウン。だから、分かんないけど、「OK」って言われても、ホッとするだけで、あんまり達成感はないんじゃないかな。だって、人のOKに合わせるのは、気持ち良くないんだもん。

糸井 あー、じゃあ、監督としてのたけしさんは、芝居をやる人に、その気持ち良さを、出来たら味わって欲しいと思ってやってますね。

たけし ウン。ある程度ね。

糸井 「好きにやんなよ」っていうスタンスで。

たけし ウン。で、その人が好きな形でやって、それがオレと合わない人は、最初から使わなければいいだけの話だからね。

糸井 ああ、そうですね。

たけし 幸い、ずっと監督やってきて、「あの人の演技の方がいいな」とか、そういうことは言えるようになったから。だから、そういう風にして、役者以外も決まっていくから、「組」ってのが出来るわけで。

糸井 いわゆる、「北野組」がね。

たけし そうそう。ソレって、カメラマンのクセであったり、照明さんのクセであったり、けっきょくは好き嫌いがあって、好き同士が集まるのが「組」だから。役者もスタッフも、必然と同じ人になってくる。


ということでした。
たまには「ほぼ日」も読むと面白いよね。



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