2007年8月5日日曜日

「V・フォー・ヴァンデッタ」を観る

仮面を被った革命家≒テロリストと、ナタリー・ポートマンの、“オペラ座の怪人”的なラブストーリーをサブプロットに、「理念は生き続けるのだ」と叫び続ける革命家の物語、「V・フォー・ヴァンデッタ」を観ました。

後で、シナリオがウォシャオスキー兄弟だったと知って、「あぁ、にゃるほどねぇ」と。
原作は、イギリスのコミックみたいですけどね。アメコミじゃなくって、なんて言うんだろうねぇ。マーヴェル・コミックでもないし、ね。
ま、ともかく、エンターテイメントの衣を着ながら、現代社会のエグ味を描いてみせようという、“マトリックス”では重層低音だった部分が、この作品では、モロ前面に出てる、と、俺は解釈しましたが。

“民主主義から生まれた全体主義”、つまり、“民主的に選ばれた独裁者”ですよね。有権者が、自分を守ることを期待して、自分の持つ権利が制限されることを受け入れると、そこから圧政者が生まれてしまう、という。
要するに、ヒトラーとナチスのメタファーなワケですが。
現代でも未来でも、第三帝国的なことは起こり得るんですよ、という。

で、ナタリー・ポートマンの演技は、やっぱり、凄いですね。2つの瞳の表情だけで全部持っていっちゃう、みたいな。
スターウォーズのお人形さんみたいな扱いとは全然違います。さすがに。
なにしろ、相手がずっと仮面被ったままですからねぇ。レオン以来のあの瞳が余計目立つし。

だけど、その、ナタリー・ポートマンを“覚醒”させるプロセスって、ちょっと良くないっスね。アレって、普通に“カルトの洗脳”だと思うんですよね。もちろん、ワザとなんだろうけど。
若干抵抗アリ、です。個人的には。

あと、もう一つ不満があって、せっかくロンドンが舞台なんだから、街そのものをもっと背景として押し出して欲しかったなぁ。
「28日後」という、ダニー・ボイルの作品があるんですが、ああいう感じで。
ま、予算の都合みたいのもあるんだろうけど。

日本でも、こういう作品が作られるといいですね。
どうも、“昔懐かし”“古き良き”みたいな、懐古調な映画ばっかりな感じがしてて。

映画の作り手が、現代社会を俯瞰して見る、という視点を失ってるような気がするんですよね。生意気言わせてもらうと。「もっと色々あんじゃねぇの!」と。そういう気持ちでっす。

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